研究成果

上肢運動に関連する大脳皮質と脊髄をコンピュータで人工的に接続する技術によって手首の力を随意制御することに成功

大脳皮質と脊髄をつなぐ神経経路の活動の量によって力の大きさは調節されています。脊髄損傷等によってこの経路が切断されると、力の生成と調節を行う能力を失ってしまいます。この能力を再度獲得するためには大脳皮質と脊髄を繋ぎなおす必要がありますが、これまで実現できませんでした。今回、私たちは脊髄損傷モデル動物を用いて、大脳皮質の上肢運動に関連する領域の神経細胞の活動と手首の筋活動、力の大きさを記録しました。その記録した神経活動の大きさとタイミングをリアルタイムで電気刺激の強度と周波数に変換し、手首関節に関連する筋を支配している脊髄を電気刺激することで、上肢運動に関連する大脳皮質と脊髄を人工的に神経接続しました。この人工神経接続を適用していない場合、脊髄損傷モデル動物は手の筋活動が生成されず、麻痺したままでした。人工神経接続を適用すると、要求される力の大きさに合わせて、入力信号として使われている神経細胞に、その活動の変調が観られるようになりました。その神経細胞活動の変調により、脊髄刺激の強度と周波数が調節され、要求された力の大きさに依存して麻痺していた手首関節の力の大きさの制御ができました。このように、人工神経接続を適用することで脊髄損傷モデル動物は自分の意志で麻痺した手の力の程度の調節能力を取り戻すことができることが示されました。今回開発した人工神経接続を用いることで、脊髄損傷による運動麻痺を持つ患者が、再び自分の身体を使って、物体の重さや柔らかさに合わせた力の調節能力を取り戻せるようになることが期待されます。

  • Obara et al., Corticospinal Interface to Restore Voluntary Control of Joint Torque in a Paralyzed Forearm Following Spinal Cord Injury in Non-Human Primates. Frontiers in Neuroscience, 2023. doi: 10.3389/fnins.2023.1127095.
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“動機づけ”を司る脳領域が筋肉を動かす神経経路を発見

オリンピックでは世界新記録が生まれやすいですが、その背景にはアスリートたちの金メダルに対する強い動機づけが最良のパフォーマス発揮を支えているのではないかと考えられます。これまでの先行研究によって、動機づけには腹側中脳(VTA:腹側被蓋野、SNc:黒質緻密部、RRF:赤核後部)と呼ばれるドーパミン関連脳領域が重要な役割を担っていることはわかっていましたが、この領域が運動出力そのものへ影響を与えるのかという点は明らかではありませんでした。今回、私たちの研究グループは、モデル動物での解剖学的・生理学的・薬理学的な手法を用いた一連の実験によって、腹側中脳→一次運動野→脊髄→筋という神経経路の伝達が筋活動を生成することを発見しました。今回の発見は、動機づけによってパフォーマンスが変化することを説明できる神経基盤の一つと考えられます。将来的には、動機づけを制御するような技術の開発やそれを用いたアスリート教育、リハビリテーション法の開発などへの展開が期待されます。

  • Suzuki et al., A multisynaptic pathway from the ventral midbrain toward spinal motoneurons in monkeys. The Journal of Physiology, 2021.

“意欲”を司る脳領域が脊髄損傷後の機能回復に必要不可欠であることを脳科学的に証明

脊髄損傷や脳卒中患者の多くが運動麻痺だけではなくて、うつ症状などの心の病を併発します。臨床の現場では、意欲の減退を伴ううつ症状が運動機能の回復を阻害することが問題視されています。しかし、このような心理的要因が運動機能回復を妨げる脳科学的な知見は明らかではありませんでした。今回、私たちの研究チームは、脊髄損傷後の機能回復過程において、“意欲”を司る側坐核ネットワークと運動を司る運動野ネットワークが強くリンクするようになることを見つけました。そして、側坐核を損傷させたモデル動物では指の巧緻性運動の機能回復が阻害されることを発見しました。このような知見から“意欲”を司る脳領域である側坐核が機能回復に必要な脳の再組織化を支えていることが示唆されます。患者さんの意欲を引き出すような新たな治療戦略の構築がリハビリテーションの効果を高める上で重要であると考えられます。

  • Suzuki et al., The ventral striatum is a key node for functional recovery of finger dexterity after spinal cord injury in monkeys. Cerebral Cortex 30(5):3259-3270, 2020. doi.org/10.1093/cercor/bhz307.

“やる気や頑張り”を司る脳領域が脊髄損傷後の機能回復過程において運動実行に重要であることを脳科学的に証明

脊髄損傷や脳梗塞などの中枢神経障害患者のリハビリテーションでは、意欲を高くもつと回復効果が高いことが、これまで臨床の現場で経験的に知られていました。それとは逆に、脳卒中や脊髄損傷後にうつ症状を発症するとリハビリテーションに支障が出て、運動機能回復を遅らせるということも知られています。しかし、 “やる気や頑張り”といった心の状態と運動機能回復の関係性を説明できる神経基盤は解明されていませんでした。 今回、我々は脊髄損傷モデル動物を用いて、脊髄損傷後の指の運動機能回復の早期において、“やる気や頑張り”をつかさどる脳の領域である「側坐核」が、運動機能をつかさどる「大脳皮質運動野」の活動を生成し、指の運動実行を支えていることを明らかにしました。この研究結果から、“やる気や頑張り”をつかさどる「側坐核」の働きを活発にすることによって、脊髄損傷患者のリハビリテーションによる運動機能回復を効果的に進めることができるものと考えられます。

  • Sawada et al., Function of nucleus accumbens in motor control during recovery after spinal cord injury. Science, 2015
    プレスリリース

筋肉と末梢神経を繋ぐ人工的な経路への柔軟な運動適応現象を発見

Neuroprothesis(神経補綴システム)を制御するには、新規な入力-出力変換の関係性を学習する必要があります。しかし、被験者が四肢の運動制御に神経補綴システムをどのように組み込むかは、明らかではありません。 今回、私たちの研究グループは、神経補綴システムへの適応現象のメカニズムを解明するために、健常人の筋肉と末梢神経を繋ぐArtificial recurrent connection(ARC, 人工的に筋肉と末梢神経を接続し、筋肉の活動に依存した電気刺激を末梢神経へ与えるシステム)への運動適応過程を検討しました。被験者が手首を動かして、画面上に表示されているカーソルをターゲットに入れる運動を行っている最中にARCを行うと、ARC直後はターゲットに対する到達運動が円滑ではなくなりますが、比較的早期にARCに適応し、再びターゲットへの円滑な運動が可能となりました。また、このARCの入力源を異なる筋肉(homonymous muscleとsynergist muscle)で比較すると、適応する運動パターンが異なること、筋活動様式にも共通点と相違点が存在することを発見しました。さらにsynergist muscleを入力源とした場合は、ARC解除後もARC中の筋活動様式がしばらく継続して観察されたことから、ARCが神経運動マップの再編成を誘導したことが考えられます。このような結果から、ARCによって新たに付与された入力-出力の関係性へ柔軟に適応する過程の神経メカニズムの一旦を明らかにすることができました。

  • Kato K et al., Flexible adaptation to an artificial recurrent connection from muscle to peripheral nerve in man. Journal of Neurophysiology, 2016

ヒト脊髄歩行中枢と腕の筋肉をコンピュータで人工的に接続する技術によって歩行の随意制御に成功-脊髄損傷患者への臨床応用へ期待

脳からの信号を四肢に伝える経路である脊髄を損傷すると、損傷領域以外の脳や下肢に問題が無くても歩行障害が生じます。この歩行障害の改善には損傷した脊髄を繋ぎなおす必要がありますが、これまで実現できませんでした。 今回、私たちの研究グループは神経や四肢に障害のない健常人を対象に、脳活動の情報が内在している電気的信号を手や腕の筋肉から記録しました。それをコンピュータで読み取り、その信号に合わせた刺激パルスをリアルタイムで下肢歩行中枢の存在する腰髄へ、非侵襲的に磁気刺激することによって、コンピュータによる脊髄迂回路を形成し、脳と下肢歩行中枢を人工的に神経接続しました。この人工神経接続による脊髄迂回路を適用したところ、被験者が下肢をリラックスしている状態であっても、脊髄迂回路によって下肢の歩行運動パターンを意図的に誘発し、止めることが可能でした。さらに、その歩行サイクルを速くしたりゆっくりしたりと、随意的に歩行の運動パターンを制御可能であることがわかりました。この結果は脳から上肢筋へ伝えられる信号が脊髄の一部を迂回して腰髄にある歩行中枢へ伝えられたことを意味します。この技術により、脊髄損傷の患者自身の損傷されずに残った機能を利用して、手術なしで随意的な歩行を再建できる可能性を示すことができたと考えています。

  • Sasada et al., Volitional walking via upper limb muscle-controlled stimulation of the lumber locomotor center in man. Journal of Neuroscience, 2014
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